九回忌に

(2007年3月26日)

2007年3月17日
福岡市において、
第13回日本SIDS学会が開催されました。
会場の一番隅っこの右後ろに僕は座っていました。
期待するものは何もなく座っていました。

法医、病理、臨床と
様々な角度からの乳児の突然死に対する研究が発表されました。

これまでSIDS(乳幼児突然死症候群)とされてきた乳児の突然死が
原因を突き詰めて調査してみると
心臓に疾患があったとか
ウィルスが原因であったとか
気道、気管の異常であったとか
脳の覚醒反応がどうとか
外因的な事が原因であったとか
他にも様々な死に至る要因があったと発表されました。

しかし、これはSIDSが解明されたと言う事ではなく
よく玉ねぎの皮で解説されるように
SIDSではないものが剥がされただけと考えられています。

SIDS学会は玉ねぎを剥いていって
最後に残った物が本当のSIDSだと考えているようです。

2002年に大阪で行われたSIDS学会で
ある研究者がこう言いました。
『玉ねぎを剥いていって最後に何も残らないようにするのが研究者の務めだ』
『SIDSという病名は研究者の恥である、いずれ無くしたい』

とても良いことを言ってくれたと感銘を受けたのを覚えています。

その意見に目を剥いて怒りをぶつけた人がいました。
『研究してもわからない突然死がある』
『謎の死が無いという前提で研究されては困る』

SIDS学会の目指す物が今一つ判らないとその時感じました。
初めから逃げ道を用意して研究しろと言い
完全に解明するつもりが無いという意見に驚きました。

そんな中、今回の学会では
我が家と同じ立場の遺族が
立ち上がって拍手をしたくなるような意見がありました。

法医の専門家の発表でした。
『研究の目的は再発防止だ』
『SIDSにも窒息死に対しても、うつ伏せ寝が危険であるなら
うつ伏せ寝をやめるべきであり、
うつ伏せ寝で放置するということは
ネグレクト オブ セーフティー(安全に対する育児放棄)
の観点から責任が生じる』

この意見、SIDS学会で聞けるとは思っても見ませんでした。
会場にはISA(赤ちゃんの急死を考える会)から
多数の会員が参加していました。

専門家の発表の後
会場から意見を言う時間がありました。
和(なごみ)ちゃんのお父さんがマイクを取りました。
保育園での事故の現状を語り
発表した先生の意見に賛同する。

雪音(ゆきね)ちゃんのお母さんもマイクを取り
雪音ちゃんの事故について語り
子どもを亡くした親の心情を語りました。

会場にいる他の研究者から、
発表した法医の専門家に質問がありました。
『仰向け寝で起こるSIDSの確率が4000分の1
うつ伏せ寝でSIDSが起こる確率が上がると言われても、
せいぜい2000分の1
うつ伏せ寝にしたからといって
それで責任が発生すると思われますか?』

この質問に対して法医の専門家は
『乳幼児が自分で危険を回避できない以上
周りにいる人が安全を守る義務がある。
明確にうつ伏せ寝が必要な場合でも
見守るべきであり責任はあると考える』
と回答しました。

僕は質問をした男に怒りを覚えました。
我が家はたった一人の娘を
1分の1の確率でうつ伏せ寝で亡くしているのです。
SIDS学会には
確率を限りなく0に近づける努力を願っているのに、
危険度が倍(厳密には倍以上)に跳ね上がる事に対して
『せいぜい』
という言葉を使う乱暴さ
そこに子どもの命があると考えているのか
何故この場にそんな考えを持つ人間がいるのか
理解に苦しみました。

厳密には倍以上)という所を補足します。
今手元に
『日本SIDS学会雑誌』
(2006Vol.6 No.2)
という本があります。
今回のSIDS学会の会場で購入しました。

その53ページの右上に
このような表があります。

SIDS例の就寝状況(%)

.

Yes

No

不明

乳幼児用寝具か?

52

43

一人で寝ているか?

74

26

発見時仰臥位か?

26

74

色を変えてある部分に注目してください。
仰臥位と言うのは仰向けと言う事です。

SIDSとされた赤ちゃんの発見時の姿勢です。
SIDS学会が発表した数値です。

仰向け26%とうつ伏せ74%
これを見るとリスクが倍と言うのはどこから出てきたんだ?と考えますが
ここに実はうつ伏せ寝の危険を軽視させる為の狡猾さがあるのです。
発見時腹臥位(うつ伏せ寝)か?と公開しないずるさも感じます。

リスクが倍と言う数値は
乳児を寝かせ付けた時の姿勢の割合を持ってきています。
それはそれで事実なのでしょうが
死亡後寝返りをするとは考えられませんので
やはり発見時の姿勢を重く受け止め、
注意を喚起する為にも
『うつ伏せ寝には注意が必要』
SIDS学会には
そう言ってくれる事を期待しています。

実際には
乳児は単なるうつ伏せ寝では窒息しないとしているのが
SIDS学会の考えです。

残念な事に
今回我々を感動させてくれた意見も
ただその場で発表されただけの意見の一つとして
今後SIDS学会の考えに反映されることはおそらく無いのでしょう。
なぜならば、僕に怒りを覚えさせた、
あの質問をした男の考え方がSIDS学会のスタンスだから・・・

ただ、今回は子どもの事を考えてくれる専門家がいた事がとても嬉しく
その会場に行った甲斐があったと思いました。
そういう発表があったと言う事実は残ります。


昨年の命日から今日までの間に
SIDSの解剖による診断分類も改定されました。
参考までに先ほどの
『日本SIDS学会雑誌』
(2006Vol.6 No.2)
31ページから転載します。

解剖による診断分類

   T.乳幼児突然死症候群(SIDS)

Ta. 典型的SIDS

解剖で異常を認めないか、生命に危機を及ぼす肉眼的所見を認めない、
軽微な所見を認めるものの死因とは断定できない
Tb. 非典型的SIDS
無視はできないものの死因とは断定できない病変を認める

   U.既知の疾患による病死

急死を説明しうる基礎疾患を証明できる

   V.外因死

剖検において外因の証拠が示される

   W.分類不能の乳幼児突然死

Wa. 剖検施行症例
死亡状況調査や剖検を含む様々な検討でも
病死と外因子の鑑別が出来ない。
Wb. 剖検非施行症例
剖検が実施されず臨床経過や死亡状況調査からも
死因を推定できない


上の分類の中でうつ伏せ寝による窒息が当てはまるのは
V.外因死になります。

どう思いますか?

以前は窒息の3大所見というものが
乳児にも適用されていました。
しかしそれもいつの間にか
乳児の場合死因がSIDSだとしても
その窒息の3大所見は見られる場合があるとされました。
今回の分類では前回よりも強力に
窒息と診断されないようにと誘導されています。
外因の証拠が無い場合は窒息とはならないのです。

さらに他のページを読み進めると
例えば死斑が体の胸の部分や顔面にでている場合
つまりうつ伏せ寝で顔も真下を向いていた証拠
があった場合ですら
それを持ってうつ伏せ寝で長時間放置していたと考えるなとあります。

全体を読むと
SIDSと診断する基準が広くなり
外因死とする事がとても狭められました。
研究が進んだとは考えられない結果です。
SIDSという玉ねぎが一回り大きくなったようです。

前回の改悪
新基準(2005/5/15)
これよりもさらに窒息と診断させない努力を重ねています。
SIDS学会の独りよがりであることを願うばかりです。
我が身の保身より
子どもの命を第一に考える研究者がもっと増えることを望みます。



僕は他の社会問題を引き合いに出すのは
身の丈に合わない大風呂敷を広げるみたいで
あまり好きではないのですが、
ここにSIDS問題と比べて欲しい出来事があります。

2007年3月
タミフルという薬が社会問題になっています。
インフルエンザの薬なのですが
その薬を服用した人が異常行動を起こし
ビルから飛び降りたり道路に飛び出して事故に遭ったりして
何人もの方が亡くなられています。

タミフルを作った製薬会社は関連を否定する声明を出しました。
日本のタミフル研究班と言うべき存在も副作用を否定しました。

しかし厚生労働省は
タミフルを10代の子どもに使う事を原則禁止とし
使用する場合は近くで監視が必要だと制限を付けました。
そして関連を詳しく調べる必要があると発表しました。

人命を第一に考えた素晴らしい判断だと思います。

僕はSIDS問題に関して
厚生労働省にこの態度を求めたいのです。
『うつ伏せ寝は危険』
と大きく発表して欲しいのです。
SIDS学会がうつ伏せ寝は直接関係ないと言っても
関連を詳しく調べる事は後からでも出来るし
実際に多くの子どもがうつ伏せ寝で悲劇にあっている現実を踏まえて
とにかく早い段階で注意を喚起して欲しいのです。


今現在も 頻度は減りましたが
ISA(赤ちゃんの急死を考える会)には
新たな犠牲者の報告が届きます。

ここの所、目に見える変化があります。
病院で起こった事例の割合が下がりました。

これはこれまでの裁判での遺族の勝訴という判例から
病院が乳児に対する注意を深くするようになったのでは無いかと思えます。
とても嬉しい変化です。

保育園では?

お気づきの方もおられると思いますが
『あしあと』のページに写真を追加しました。
風太(ふうた)君です。
宮崎県のある保育園でうつ伏せ寝で呼吸が止まっているところを発見され
病院で2日後に天国へ旅立たれました。
また、悲しい仲間が増えました。
申し訳ない気持ちに苛まれます。

他にも今の段階で公表できない
保育施設での犠牲者が沢山います。
保育施設での事例の割合が上がってきています。

保育園での事例も勝訴が多くあります。
裁判所を通した勝訴的和解も増えています
残念ながら時代に逆行する判決も出ていますが
何故同じ割合で件数が減らないのでしょうか?

危機意識の違いなのでしょうか?
保育園関係者には他人事だと思われるのでしょうか?

テレビで24時間保育の施設が取り上げられていました。
画面内に乳児の寝ている姿が映りました。
うつ伏せ寝でした。
沢山の乳児がふかふかの布団に並んでうつ伏せ寝でした。

うつ伏せ寝に慣れている赤ちゃんである事を願いました。
万全の体調であることも
僕にできるのはそれぐらいの事しかないのかと悲しくなりました。


ネグレクト オブ セーフティー
(安全に対する育児放棄)
今回の学会で聞いた新しい考え方
これが
うつ伏せ寝で放置することに対しても
当てはまって欲しいと思います。
一般化して欲しいと思います。


風歌の遺品の中に
小さな赤い靴があります。
こんなに小さかったのかと感じるほどの小ささです。

まだつたえ歩きしか出来ない子でしたが
歩く練習に履かせて
手を繋いで家の駐車場を歩かせたりしていました。

その靴の中に風歌のあしあとが
8年経った今もかすかに残っています。
正確には足の裏の形をした痕ですが
風歌の体重がかかった部分だけ
中敷が足の形にへこんでいます。

葬儀の時
棺に入れて天国に持っていかせようと僕は考えました。
妻は風歌を感じる物を残したいと言い
まだ履いた事の無い新しい靴を棺にいれ出棺しました。
妻の考えを優先してよかったと思います。

風歌の事を多くの人に知ってもらう為の
このホームページのタイトルは
この小さい赤い靴から付けました。

ホームページを公開して、多くの方からのお話を聞き
犠牲者のあまりの多さに驚き、
そして悲しみを覚えました。

命日の今日
小さいけれどしっかりと
子供たちの足跡を残す事が
僕達遺族の務めだと
改めて感じます。

僕達夫婦は約束しています。
先に風歌の所に旅立った者の棺に
残された者がこの赤い靴を入れる事を、

風歌に届けに行くのです。

そして
それが僕なら
靴を風歌に履かせながら
『父ちゃんはがんばったぞ』って
風歌に言いたいのです。
そして風歌に頭を撫でてもらいたいです。

結果の見えない活動ですが、
このホームページが
子供たちの為に役立っている事を願います。

九回忌に
宮田浩太郎

(2007年3月26日)