一つのケース

( 和解 2000年9月

このホームページの中の一つのケースが、
2000年9月に和解を迎えました。

和解の条件として遺族が要求した事は、二つありました。
まず第一に絶対の条件として出したものは、
『死んだ子供の事を教訓として、2度と繰り返さない様に今後努力する』
と言う文章をつけてもらうことでした。

そしてもう一つは、
今後の抑止力になり得る金額の請求でした。

金額に関してのこだわりは
一般に見舞金と言われる金額では絶対に抑止力になり得ないので、
遺族は交通事故並みの請求をしました。


施設側は、この二つの条件を満たしました。
つまり、非を認めたのです。

遺族としては、
これ以上に望む事は有りませんでした。
もう子供を返せと言う事は
無理だと判っているからです。

許す許さないと言うことは別にして、
誠意があったと認め、和解に向かいました。


このホームページの目的が、
特定の施設を糾弾する為だと思われたくないので、
今まで発表を控えてきましたが、
その時
子供が死んだ時の状況は
酷いものでした。

しかし、その施設が非を認め
償いをした今、一つのケースとして
皆さんに知ってもらおうと思います。
糾弾するつもりはありません。
事実として発表します。


少し雨の降る日の
認可保育園での出来事でした。

父親が預けに行くと言うことが日課でした。

その日は、3週間かけた慣らし保育を終え
はじめて一日保育が始まった日でした。
しかし、預ける時には、
それまでで一番泣いたように父親は感じました。

その子供の両親は、
漠然と、『うつ伏せ寝』の危険を意識しており、
最初の面接で、
『うつ伏せ寝は止めて下さい』
それだけを、お願いしていました。

その日、12時10分頃からお昼寝に入ったその赤ちゃんは、
うつ伏せにされていました。
その女の子のお昼寝は家でも20分〜30分で
グズリ出していました、
施設でも同じだったそうです。

しかしその日は静かでした。

異変が起きたのは1時20分過ぎでした。
その時、その保育園は、
30人以上の園児がお昼寝している中
そばに、2人の大人を残し、
(一人は、そこに入って1ヶ月にもならない方と
もう一人は、給食を作るパートさんだったそうです。)
別室で、他の保母さん達は会議をしていました。
乳児は7人、8畳の部屋にいました。

異常に気付き
すぐに救急車に出動要請
そして保育園にパニックが起こり、
その子は、
蘇生処置を受ける事も無く、
ただ、毛布に包まれて、
保育園の正門の前で
救急車の到着を待っていたそうです。

救急隊員の方に聞くと、
心音は無く、体温も無く
顔色は唇を中心に紫、
それは、指の先の方からも広がっていたそうです。
そして施設は家族に電話をしたそうです。

それから後は、
このホームページのその日の出来事に続きます。
これは、風歌の身に起こった出来事です。


蛇足になりますが、
遺族が当日警察で取調べを受けている途中
自宅に帰る用事が出来ました。
父親が帰ったその時、
市役所の福祉課から電話がありました。
『今日、お嬢さんの通っている保育園で
何か事故があったようですが、
お父さんご存じ無いでしょうか?』

『娘が死にました』
怒りで震えながら、やっとの事で答えました。
そして、電話を切りました。

行政については、また別に発表します。


施設はその後、
保母会議を早朝にする。
規定以上の人数で、保育に当たる。
蘇生処置の指導を保育士全員に徹底する。
無呼吸のモニター装置を導入する。
そして遺族には、誠意を持って対処すると言いました。

そして、2000年9月
和解を迎えました。

これから発表をするいくつかの事からも
この施設には誠意があると遺族は判断しました。

和解を迎えるまでに
遺族は様々なことを学びました。


経営者の方に知って欲しい事です。

保育園が入っている保険についてです。

今加入している民間の障害保険は、当てになりません。
見直した方が良いと思います。
契約書に
『施設で起こったあらゆる損害賠償に発動する』
と言うような事が書かれていると思います。

しかし『SIDS』は実態はありませんが、
保険会社の為に都合よく、病気として扱われています。
たとえ、御自分の施設に非があると認め
償いの為に、それを利用しようとしても
保険会社は出しません。
ためしに聞いてみてください。
『ウチの施設で、お昼寝中に子供が死にました。』
明かに窒息死の所見があっても、
保険会社は、弁護士を派遣して、
『SIDSにしてしまえば、償いなど考えなくて良いですよ』と言うだけです。
『だって病気だからその子の寿命ですよ』と
そして、施設側をそそのかして
遺族に対して何もしなくて良いと指導します。
これが、骨折程度の事故なら、
障害保険として支払われます。
しかし死亡事故だと、何がなんでも
『SIDS』と言い張ります。
『SIDS』にしてしまうのは簡単な事です。
そう言えば良いだけなのです。
司法がそれを許していたのですから。

保険に付いては、もう一つあります。
認可保育園ならば、加入する事が出来る。
共済制度』(リンク有り)と言うものがあります。
これは、『SIDS』と診断されても
減額されますが支払われます。
この保険の掛け金は、施設、行政、家族が
分担して支払います。

しかし、これにも問題があります。
認可保育園ならば、加入することが出来る
と言う所が問題です。
という事は、
加入しなくても良いと言う事です。
実際に加入していない認可保育園があります。

半額に減額されると言う事にも納得が出来ませんが、
無いよりはましだと思います。
起こってからでは取り返しがつかない事です。
認可保育園ならば考えてください。

無認可の保育園でも
民間の保険で探せば、『SIDS』と判断されても
発動する保険があります。
考えておいた方が良いと思います。
いざと言う時は、いつ来るか分りません。


保育士さん、看護士さんへ

(事故が起きた現場にいた方へ)

遺族の一人としての意見があります。
本当の事を知らせてあげてください。
あなた達に求める事は、
その一点です。

それさえ知る事ができれば
あなた方に罰を与えようとは思いません。
保険会社にそそのかされて、
遺族と接触を持つなと言われると思いますが、
そんな事は無視して
誠意を込めて話をして下さい。
どんな状況だったのか。

それすらも知らされずに
遺族は、我が子の最後を知りたいが為に
起訴、裁判と進まなければいけないのです。

誠意を感じる事が出来れば、
遺族はそれ以上の事は求めません。
本当の事を知りたいだけです。
遺族はそれを聞いて
怒りを持つかもしれませんが
いつか、それもやわらぎます。
我が家の場合がそうでした。

風歌の仏前で涙を流しながら
本当の事を話してくれた保母さんを見て
責める事が出来なくなりました。
そして、毎月26日、月命日には
線香を上げに来てくれました。
他の保母さん達も来ていました。
僕達の知らない内に
お墓参りにも行ってくれていたようです。
始めは怒りをぶつけました。
しかし、
それにもめげずに通ってくれました。

これによって我が家から少しずつ
怒りが薄らいだのは確かです。

『保育園での事故・突然死』
と言う本の冒頭で
保母が100万円ずつ負担して
保証金を支払ったと言うケースが書いてありますが、
そんな事は求めません。


保険も出ない状況
遺族に全てを話してくれた事や
風歌の死を無駄にしないと言ったこと
その他の事からも
この『一つのケース』では
施設に誠意があると
遺族は判断しました。


事故を起こした全ての施設が、
この『一つのケース』の
保育園の様に
自分の施設で起きた事故に対して
誠意を持って対処し
それが常識になって
他の施設への警告となったら。

『あしあと』のページには
風歌の仲間が増える事が無くなると思います。

誠意を持って対処しない施設
遺族を裁判と言う地獄に
引き込むような対応をとる施設は
存続を許されるべきでは無いと思います。

責任も問われずに
そのまま弁護士に全てを任せて
自分は何も関係が無いように
何も変わらない生活を続けているのは
遺族には許せません。

『赤ちゃんの急死を考える親と弁護士の会』
と言う組織があります。
我が家と同じ苦しみを持った家族で構成されています。
我が家も加入しています。
日本全国に40家族近い会員がいます。

と言うことは、
同じ数の赤ちゃんが犠牲になっています。
そして
日本国内に同じ数の
事故を起こした施設があります。

ほとんどの施設が
『弁護士に全てを任せています。』
そう言うだけです。
そんな施設には
お子さんを預けないようにして下さい。

『SIDS』が免罪符として使われ始める前には
罪に対する罰がありました。
しかし『SIDS』が免罪符として使われ始めてから
その施設が自滅する事は無くなりました。

あなた方のそばで
何事も無かった様に
今も経営されています。
事故を起こした時の経営と同じはずです。
何故なら、
施設の改善をするということは
落ち度があったと認める事になるからです。
その施設の言う事はこうです。
『あの子は死ぬ運命だった』
そんな事は絶対にありません。

うつ伏せ寝でなければ
発見が早ければ
救命処置が適切であれば
ちゃんと見ていたら、
隙のない体制であれば
違う運命があったはずです。


この『一つのケース』の施設は
間違いを真摯に受け止め
被害者のあしあとを残す為の努力をしたのです。
ほとんどのケースが
逃げる事に全力を使っているのが現実です。
そんな施設こそ糾弾されるべきなのです。


我が家は和解を迎えましたが、
このホームページの目的ではありませんでした。
我が家にとっては、一つの区切りですが
全体の中のたった一つのケースが終わっただけです。

親にとってごく普通に、しかしこれ以上の幸せが存在しない
我が子の成長を見守る、と言う事が出来なくなる『落とし穴』があります。
『SIDS』が免罪符として使われている現実で出来てしまった、大きな『落とし穴』です。
我が家の役割は、
その『落とし穴』があることを
世の中に伝える事だと思っています。

裁判をしている方は
あまり人に知られる事なく
その『落とし穴』を
無くそうと努力をしているのです。
そして我が家はこれからも
そのお手伝いをしたいと思います。
ホームページと言う手段を通じて
告知して行きたいと思います。

2000年9月22日(友引)